2009年6月11日木曜日

高崎 花火大会---歴史について2

1975年は市政75周年だったのです。

が、

オイルショックの影響で「高崎まつり」を市が断念してしまいます。お金がなかったんですね。

しかし、市民からは「山車を引きたい」との要望がありました。そこでJC(高崎青年会議所)が「高崎ふるさとのまつり」と名づけ何の援助もないまま、まつりを開催しました。 当時のかたたちはすごいですね。その方たちのおかげで現在こうして夏に高崎まつりが楽しめると思うと感謝の気持ちでいっぱいです。夏にお祭りがなかったらと思うと・・・。
また、「高崎ふるさとまつり」は夢いっぱいのコンセプトで運営さされりことになります。それは、【市民が一体となれる祭り、みんなが楽しめる祭り】
行政が入らないことで、従来の観光、集客、商業目的のおまつりとは違い、連帯感のあるおまつりになったようです。しかし、その分、苦労は凄まじいものであったことは簡単に予想できます。
JCは記念祭と考えて運営にあたっていました。
しかし、手作りの祭りとして大いに盛り上がったため、続けていくような流れができて今日に至るわけであります。


いや。はや。ありがたい。
高崎まつりの原型にご尽力くださったかたに感謝するしかありません。

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